スピリチュアル・カウンセラー ミュゲのLove Blog

「ハピエネ・セラピスト、ミュゲのワンダーランドへようこそ。日記やスピチュアルなお喋り、お知らせなどをUPしています。」

2012年05月03日(木)

究極の身体言語 「ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」 [映画]




ピナ・バウシュの「夢の教室」を見にいかなくちゃ、と思っていたのですが、この「踊り続ける命」は3Dなのでまずこっちを是非とも劇場で見たいと思いました。

お気に入りの映画館である新宿バルト9では既にレイトショーになっていたので、池袋まで頑張って行きました。(何故頑張ってかというと、私は池袋駅が何故か意味なくコワイのです^^;)
行ってみたらこの日は1日で映画の日、3Dも1400円で何だかラッキーでした。

それで、舞台やダンスものを3Dで、、ってちょっと未知な感覚への期待があったのですが、これは!ちょっとアナタ!これは・・!! 
踊りや舞台の好きな人にとっては3Dとはこのために実はあったのだろう!!と思わせる臨場感、いやそれ以上の映像表現だと思いました。
つまり、劇場の最前列以上のものを見せているからです。

ピナについてほとんど知らなかった私ですが、これをヴィム・ヴェンダース監督が撮ったことも、夢の共演とでもいうべきかもしれません。

ヴィム・ヴェンダースは、私の最愛のアーティストであるライ・クーダーが音楽を担当している「パリ・テキサス」そして、ライの南米での決定版ともいえる「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」の監督でもあり、私は彼の世界が好きなのです。

その彼が映し出したピナの魂の世界、それはちょっと凄かったです。

そこには、人工的に作られた、美しいけど死んだような感じのするもはない。
ナマの身体表現の中に、ヒトが通常言葉と体で表現できる以上の何かを突きつけてくる迫力がありました。

それはまるで

「あなた達は、《生》ということがどんなものか、本当に分かっているの?
それがどんなに美しいかを」

と、問いつめられているかのようでした。

ピナは、ダンサー達に常に、魂の底から問いかけたといいます。

「本当に求めているものは、何なの?」

と。




ピナは、土、砂、水、石 といったものにこだわったといいます。

そんな踊りにくいものを舞台に招き入れて踊るのです。



芸術家の中には、本当はもう突き抜けた星から地上にやってきて、
人々に、

「突き抜ける」

とはどういうことなのか、教える立場の人がいるように思うのです。

そして、Pinaは、そんな一握りの芸術家の一人のように思えたのです。




ヴィム・ヴェンダースの、時間と空間を越えた感覚と、Pinaのこの身体言語を越えた表現の世界が、まさに夢の映像世界をつくっていると感じました。

各界から絶賛されたというのもうなずけますが、一般の人にはそこまでウケないのか、映画館はそんなに混んでなかったです(^^;

ちなみに坂本龍一氏は

「ぼくはずっと泣いていました」

と感想を述べています。

一つも泣くようなストーリーも場面もないのですが、私も泣きました。

何で泣くのか分からないほどに、涙が出てきてしまったのです。




これを究極の身体言語といわずに、何と呼ぶでしょうか。

ちょっと凄かったです・・。



Pinaは、2009年に急逝しているのですが
ダンサーの一人が語る中に、

「大野一雄氏も亡くなってまだ間もない。彼とPinaは、今雲の上で飛び回っているのかなと思う」

というようなコメントをしていたのが、印象的でした。








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2012年04月23日(月)

不思議なお花、二輪草の癒し [日記]

あるクライアントさんが、ご自分のデジブックの作品を紹介してくださいました。

とても素敵な作品だったので、ブログに紹介させていただきたいと思いお願いしたら、喜んでと承諾してくださいました。




この方とご縁をいただいてから、もう6〜7年にもなるでしょうか。
本当に大変な時期をいくつも乗り越え、今もそれは終ってはいないのかもしれないけれど、そんな事を見てきているせいでしょうか。この作品が一層美しく感じられ、涙が溢れてしまいました。


鬱になってからは、足元に咲く小さなお花に心惹かれるようになったそうです。どん底で倒れた時、足元の小さなお花の美しさに気づかされ、勇気づけられた、と。


「どんなに小さくてもとにかく綺麗
神様、手抜きはしてません。
大きな花と区別なく
すべての命を愛して下さっていることを
小さな花達が教えてくれました。
だから、「人生何があっても大丈夫だよ」と
いつも励ましてくれていました。」


そう語る、ローズクォーツさん(ハンドルネーム)。
エモーショナルなところがあって、ちょっとだけ人生が生きにくいのです。


いつか瀬戸内寂聴さんがこう語っておられました。

「人間の中には、感性や感受性が強すぎて、世間の常識感覚の中に収まりにくい人たちがいる。そうした人たちを、芸術というものが受け止めて救ってくれることがよくあるのです」と。

そんな言葉を思い出したりしました。


ローズクォーツさんはお花を撮るときの、その命との対話、一生懸命咲いているその姿、その輝きを撮る瞬間、それがとても幸せなのだそうです。

その喜びや、お花が彼女に与えている癒しの交流が、写真に現れていると感じます。


私の周りでも、写真を撮る方は結構たくさんいて、本当に写真というものは「その人そのもの」が写っているように思います。
同じものを撮ったとしても、まったく違う個性が感じられて、そのそれぞれが素晴らしく、その事にいつも感動します。


私は普段、クライアントさん方の活動などに関しては、公平でありたいという思いから、特別ご紹介などはしないスタンスなのですが、この作品に関しては皆さんに是非見ていただきたいと思いました。

この作品に癒され、勇気づけられ、励まされる方がきっといらっしゃるだろうと思ったからです。


実はローズクォーツさんのご自身、ご主人ともども現在とてもチャレンジングな状況に置かれています。

でも、この二輪草。

一つの茎に二つのお花が咲く、まるでツインソウルを思わせるような、このお花を、こんな風に素敵な作品にできる彼女。きっとご主人と助け合って、この
状況を乗り越えていかれることを信じています。


そして、この森の中のような二輪草の自生地。
実は、都会の片隅に存在している場所なのだそうです。

まるで、どんな喧噪や雑踏の中にあっても、ひっそりと存在し続けている、私たち心の中の聖地のようです。


そんな事を感じさせてくれる、素敵な作品を紹介してくださった、ローズクォーツさんに感謝をこめて。

どうぞこれからも、ご自分らしいお花を咲かせていかれますように・・。







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Posted by 管理者 at 12時47分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 3 )

2012年04月10日(火)

アレクセイと泉〜いのちとは何か? [映画]




1986年4月26日。チェルノブイリ原発事故は起こりました。

私は先月、三鷹の沙羅舎という場所で、「アレクセイと泉」という映画を見ました。2002年に撮られた映画で、あの事故で被災したベラルーシ共和国のある村に実際に住み続けた55人の老人達とアレクセイという一人若者の暮らしを描いています。その村には、何故か放射能にまったく汚染されていない泉があります。

この村に住み続けたこのお年寄り達と、一人の若者の、美しい映画です。カメラは、ただひたすら、この住人たちの時を追っています。
ドキュメンタリー映画のようでもなく、何かを声高に主張しているのでもない。でも、だからこそもの凄い美しさとリアリティーをもって私たちの「今」に、ここに「存在する」という、「生きる」という事の意味を問いかけてきます。

その静かな迫力というものに私は圧倒され、見終わった後に何か言葉を失ったかのように感じました。

私たちは、どれだけの勘違いをしていたのだろう。
何という身勝手さだったのだろう。
人間は自然の中に生かされているなんて、分かっているようで少しも分かってはいないのだ。そして、本当に自然に生かされていると知っているこんな宝石のような人たちに、その犠牲をおしやっているのだ。


映画の上映の後、幸いにもこの映画を撮った本橋成一監督の話を聞くことができました。写真家でもある本橋氏は、チェルノブイリ事故後はじめて訪れた時は、二度と来ることもないだろうと思ったこの悲しみに大地に、その三ヶ月後から、何度も何度も足を運ぶようになり、2つの映画まで撮ってしまったそうです。そんないろいろなエピソードも伺えました。

この村に残っている住人たちに、政府の役人は繰り返し繰り返しこの村を離れるように伝えにきたそうです。その度にアレクセイのお母さんは言い返していたそうです。

「離れるって言ったって、うちには馬もいるし、ブタも、がちょうも沢山いるんだよ。鳥たちもいるし、外には沢山の木も草も花も、畑の生き物も、みんな一緒に生きているんだよ。そういうのを皆一緒に連れて行ってくれるのかい?連れてってもいいんだったらあたしは行くけど、そうじゃないなら嫌だね」と。


もう一つの映画、「ナージャの村」も是非みたいと思います。

監督いわく、ナージャは今では結婚し、子供も生まれたそうです。その子の健康が、これからどうなっていくのかは、誰にも分かりません。

アレクセイは当時34歳ですから、今では60歳になっています。この村には、今では2世帯のみが残っているそうです。

映画の中に、泉の木枠を村人たちが取り替える大作業のシーンがあります。今回が最後の取り替えになるだろうことを、心の中で悲しみながら明るく作業するのです。
本当なら、今頃、彼らの息子達や孫達がこの作業を受け継いでいたでしょうに。
皆そうしたかっただろうに、、と思うと、私は今も涙がこぼれます。

写真家ならではの美しい映像が心に染み入ったまま、何だか言葉を失った状態で家に帰りました。

この映画の中に出てくる泉が汚染されていないこと。村人たちは、ここの水は100年前の水だから汚染なんかされていないのさ、と当たり前のような顔をして言うのだそうです。
そうした古い古い時代の水は、わりと多くの場所に存在しているとも言います。
でも、いつかはこのような泉をも、私たちは汚してしまうのでしょうか。

でも、本当には、どうなんでしょう。もしかしたら、汚染されていない以上の清らかな、聖なるパワーを秘めているのかもしれません。こんな美しい人たちに、神様が与えた泉なのかもしれません。
映画の中では、そうした事については、何も語られていません。


機会があったら、絶対に、絶対に、観てください。


坂本龍一氏のピアノが、この映画をより一層、美しすぎて悲しい、切ないものにしています。

レア音源/アレクセイと泉(piano Ver.):坂本龍一
http://youtu.be/gb6-CGP1sSw





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Posted by 管理者 at 09時52分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月24日(土)

WS《安心して変容の時を前進していくために》 [お知らせ]

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

《満員御礼・キャンセル待ち受付中!》

4月のワークショップのお知らせです!

2012年も3ヶ月近くが過ぎようとしています。
本当に、時間の速度がまたさらに加速しているかのような今日この頃です。

今月11日には、震災から1年が経ち、あの出来事のことは常に私たちの心に刻まれているけれど、それを心に秘めながらも、新しい私たちへと歩みを進めた感じがしています。

また、そうはいいながらも、これだけの変化の時期です。
何となく不安から抜け出せない、倦怠感や、動きずらい方もまだまだいらっしゃると思います。

変化の時期というのは、意識のレベルでも、エネルギーレベルでも、現実のレベルでも、あらゆる次元において、沢山の事が動いています。変化の時期には、「不安定」になるのはつきものなのです。

止まっていれば安定感がありますが、動いているのですから、不安定なんですよね。

そんな時でも、自分の中心にしっかりと碇を下し、自分本来のパワーを発揮して、自主性をもって進んでいく。その事はこれから何よりも大切になってきます。内なる安心感というものは、どんな強固な外からの覆いよりも、実は強いのです。
その大切なポイントをテーマにしたワークショップを行います。

今回は、お話や瞑想の他に、「セルフセラピーカード」を使ってお一人お一人の現在の課題にも対応し、メッセージをお伝えしていきます。今必要な気づきとエネルギーと内なる安心感を高めるために、どうぞいらしてください。



WS《安心して変容の時を前進していくために!》

日時:4月14日(土)13時〜16時

場所:中野新橋 ワークルーム

参加費:事前振込 4000円
    当日   4500円

定員:10名


お申し込みはメールにてお願い致します。







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2012年03月23日(金)

みんなで見ましょうありのままを「フクシマのうそ」 [日記]

ドイツテレビ局ZDFで制作された番組です。


ドイツZDF フクシマのうそ 投稿者



ありのままの現実を見て、知って、また知る努力をして、これからの事を考えていきましょう。まずは何であれ事実を知ることから。

起こってしまった事は変えることは出来ない。ならば誰かを責めて罰して、恨んだところでどうにもならない。それは私たち自身を痛めるだけです。

私はこの番組を見て、誰かとても悪意に満ちた人たちが存在するというよりは、この利権にかかわる一人一人のちょっとした欲、エゴ、それがその人の中にある本質を見極める力を弱らせ、原子力エネルギーの平和利用という大義名分のもとにアメーバーのような集合体となり、巨大化していったような印象を持ちました。

政治家はともかく、こうした報道の時、矢面に立たさせる東電の社員の方に至っては気の毒とさえ感じます。この腐った(失礼ながら)考え方のトップのもとで、彼ら社員たちは疑問を感じながらもどうすることも出来ずに今日まで来たのかもしれません。

だからこそ、おかしい事はおかしい、危険なものは危険、怪しいものは怪しいと本当に民主主義的な意見が述べられる、また、そうした思考をも汚染されることのないような、世の中を維持したいと思うのです。

これを見て、「本当に原子力のムラのやつら許せない」と思ってそのせいにして終わりではあまり変わらないかもしれませんが、じゃあどうしましょうか、とワンステップ考えを進めることが出来たなら、私たちはまだまだ希望の未来を手にすることが出来るのだと思います。

この2つの映像は、全日本国民に見て欲しいです。



上の番組の取材をした ハーノ記者へのインタビューです。
被災地での彼の悲しみが印象的です:





追記:インタビューの中で「日本の放射線の状態は大丈夫なのか」という問いに、「大丈夫みんな騒ぎ過ぎ、と答えている。但し大きな危険も孕んでいる」と言ってますが、これはドイツ人に対してそう答えているという事だと思います。彼らの多くは、日本はもう住めない国のように思っているからです。
日本人は逆に、もう少し心配した方がいいと思います。







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Posted by 管理者 at 21時25分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月19日(月)

何となく停滞感、気力が出ない人がまだまだ多いと思いますが・・ [日記]

画像(320x213)・拡大画像(639x426)



地震にしても、放射線のことにしても、不安に意識を注ぐのではなく、本当にありのままの現実、実情というものを見るという姿勢を、保つ努力をしたいと思います。少なくとも大人ならば。

日本人て情に厚くて忍耐強く、調和を重んじる素晴らしい国民ですが、個々において冷静に判断して我が身を守る、という事をもっと学ぶべきかな、と思います。

情報の伝えられ方という事に関しても、まるで子供扱いされているかのようではないでしょうか。でも私たち国民の方も、真実を知るには、疲れて過ぎていたり、人任せすぎる人たちも多いと感じます。
でも根本の解決は、真実を知るという、そこからスタートするしかない事を希望をもって考えていきたいですね。

その上で、何をどう選択するかという個人の自由がきちんと尊重されていけば、人類の未来は決して暗いものではないと信じています。

今日もあなたにとって、よい一日となりますように・・☆







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Posted by 管理者 at 12時14分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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Maria & Angels

ハピエネ・セラピスト、スピリチュアル・サポーター

管理者

ミュゲ

スピリチュアル・リーディング、ヒーリング、フラワーエッセンス
などの個人セッションや、リーディング講座、ボディーワークショップ
などを開催。

セラピールーム・ミュゲ主催


「癒し系」と言われることも多いが、「波動使い」とも呼ばれる(笑)。
チャレンジ、美しいもの、面白い事や人、美味しいもの、音楽やダンス、芸術、
異文化、宇宙のザ・真理、大好き。

吉祥寺在住


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